上流工程を担当しているシステムエンジニアの方は
「顧客がITに弱くてシステム化構想・要件定義のコミュニケーションが難しい」
「要件を踏まえて提示した方式が顧客に響かない」
「要件定義で合意したはずなのに、後ろの工程でひっくり返される」
といった悩みに直面したことは無いでしょうか?
いずれも「顧客担当者のせいだ」と言うのは簡単ですが、もしかするとその悩みは『SPIN営業術』で解決するかもしれません。
まだAWSワークショップの記事も書けていないのですが、会社の研修でとある書籍を読み「自分のキャリアに活きそうなノウハウが詰まっている!」と感じたので、先に書評の記事を書きたいと思います。
『大型商談を制約に導く「SPIN」営業術』
本の概要
本題に入る前の雑談にかける時間は?商品(サービス)の特徴や利点を、どう切り出しているか?見込客に反論されないために何をしているか?商談前にどんな準備をしているか?クロージング・テクニックを使ったことはあるか?12年にわたり世界35,000件の商談を調査研究して生まれた大型商談における「もっとも効果的な営業術」とは。
(引用:Google Books)
『大型商談を成約に導く「SPIN」営業術』は2009年12月28日に初版が発行され、2021年6月には第26刷まで重版を繰り返しています。
ページ数は約300ページ。
単にノウハウを列挙しているのではなく、作者の実体験をストーリー仕立てにしているので読みやすいです。私は1日で読み終えました。
本の構成
第1章 真実はいつも現場にある
第2章 大型商談と小型商談の違い
第3章 商談の四段階と「調査段階」
第4章 見込客のニーズのつかみ方
第5章 潜在ニーズを探る質問方法
第6章 SPINの効用と使い方
第7章 「利点」ではなく「利益」を語れ
第8章 反論の正しい対処法
第9章 商談の出だしは小さな工夫で
第10章 クロージングには要注意
第11章 理論を実践に移すコツ
第3章ですべての商談が四段階からなると定義しています。
1つ目の「予備段階」は第9章で、
2つ目の「調査段階」は第3~6章で、
3つ目の「解決能力を示す段階」は第7章で、
4つ目の「約束を取り付ける段階」は第10章でそれぞれのノウハウが示されます。
また、本書で特に中心となる「SPIN営業術」については第5~6章で取り上げられています。
最後の第11章では、具体的にどのようにノウハウを実践し身に付けていくべきかを明示されており、個人的にはとても好感を持てました。
本の要約
大型商談と小型商談の違い
『小型商談(個人営業)』では、
- 各キャリアのショップにスマホを購入しに行ったときのように数万円くらいの少額商品を取り扱います。
- 見込客は1名 or 少数で、商談は1度で終わることが多いのが特徴です。
- 購入するか否かの決定は、対面で話しながら見込み客本人がその場で行います。
一方『大型商談(法人営業)』では、
- 数百万~数億円規模の高額商品を取り扱います。
- 見込客は大人数で、商談は複数回~数年に渡って行われます。
- 購入するか否かの決定は会議・稟議などを通じて行われるため、決定時に営業の人間が立ちあえないのが特徴です。
SPIN営業術は、主に『大型商談』にフォーカスを当てています。
営業の四段階
ほぼすべての営業は次の4つの段階を踏みます。
- 予備段階
- 調査段階
- 解決能力を示す段階
- 約束を取り付ける段階
『予備段階』は、自己紹介やアイスブレイクなどの段階。
『調査段階』は、顧客の質問して情報やニーズを探り出す段階。
『解決能力を示す段階』は、商品・ソリューションを提示する段階。
『約束を取り付ける段階」は、顧客と次アクションの約束をする段階。
この中で最も重要なのは顧客のニーズを探るために質問を行う『調査段階』であり、SPIN営業術とはこの段階をスムーズに進めるための質問術のことです。
SPIN営業術とは
SPINとは次の4つの頭文字をとったものです。
- Situation Questions(状況質問)
- Problem Questions(問題質問)
- Implication Questions(示唆質問)
- Need-payoff Questions(解決質問)
『状況質問』とは、顧客の現状に関する事実・情報・背景を知るための質問。
『問題質問』とは、現在の問題点・支障・不満を探り出し、顧客に潜在ニーズを語らせる質問。
『示唆質問』とは、問題の深刻さを浮き彫りにするための質問。
『解決質問』とは、解決策や価値に関する質問。
状況質問で顧客の現状について把握した後、問題質問を通じて顧客自身に潜在ニーズを気付かせ、示唆質問で潜在ニーズを顕在化し、最後の解決質問で解決策の有効性を探るというストーリーになります。
それぞれの質問で気を付けるべきポイントがあり、SPIN営業術では過去数万の営業事例から導き出したポイントを分かりやすく整理しています。
本を読んでみての所感
読む前のこの本に対するイメージ
語弊を恐れずに言うと『数字だけを追う人』『技術をないがしろにする人』という印象があり、営業に対してずっと毛嫌いがありました。
技術者とは対極にいる人というイメージで、ノルマ・数字ばかりを追う営業にはなりたくないから、自分は技術屋として生きていきたいと考えているくらいでした。
そんな自分に「営業術」なんて関係ないだろう、というのが読む前のイメージでした。
この本を通じた気付き
一番大きな気づきは「文この営業術って、システム化構想とか要件定義フェーズで使えるのでは??」という点です。
前述の通り、このSPIN営業術は大型商談で使えるノウハウを提示しているわけですが、
- 相手にする顧客は複数人・大人数である
- 商談(打合せ)は複数回行われる
- 顧客のニーズを把握し、それに対する商品(ソリューション)を提示する
という大型商談の特徴は、システム導入におけるシステム化構想・要件定義・概要設計などの上流工程に似ている部分があると思います。
なので『システム上流工程術』のつもりで読むと、「それ分かる!」「なるほど、そうすれば良いのか」と共感する箇所が多々ありました。
いくつか本書から引用して例示したいと思います。
「状況質問」を連発すると、見込客は商談に飽きてイライラし始める。
(引用:第5章、92ページ)
これは自分がシステム化構想フェーズで実際に経験したことです。
とあるシステム公開のプロジェクトで、現行システムは他ベンダーが構築・運用していました。
そこで私は現行システム構成をできる限り正確に把握しておきたいと思い、状況質問をしまくったのですが、途中から顧客が「これが新システムに何の関係があるんですか?」と答えてくれなくなってしまいました。
状況質問で利益を得るのは顧客ではなく自分たちエンジニアです。
不必要な質問を連発し、顧客を退屈させるようなことは避けるべきでした。
見込客が応えることのできるニーズを口にしたとき、セールスマンの多くは、「解決質問」をする代わりに、製品について語りだしてしまうのだ。
(引用:第6章、144ページ)
これはあるあるです。
顧客が「xxxが課題です」という言葉を口にすると、「こうすれば解決できますよ」というシステム方式・機能で回答してしまいます。
本書によると、これでは顧客の印象に残らないそうです。
印象に残らないので、後ろの工程でその方式をひっくり返されたり、自分たちがいない顧客だけの打合せ・審議の場で担当者が説得できずにその方式が却下されたりすることに繋がります。
即座に方式・機能で回答するのではなく、「なぜそれが課題なのですか?」と問題の深刻さ・重要さを浮き彫りにし、「どうすれば解決できますか?」と顧客自身がその方式・機能にたどり着くような解決質問をしていかなければなりません。
そうすることで顧客自身の印象にも残り、顧客が納得しているので後工程でひっくり返されることも無くなります。
見込客の多くが、プライベートの話から始める人を信用しないからだ。
(引用:第9章、204ページ)
逆に「そうなの?」と思う点もありました。
それが上の言葉で、商談の1つ目の段階である「予備段階」の話です。
自分の体感としてはこれと逆でした。
アイスブレイクとしてプライベートの話から入り、お互いの距離感が少し近づいたことを感じてから本題に入ることが私はよくあります。
そのほうがいざという時に顧客にお願いごとをしやすかったりしますし、実際に上司から「顧客との打合せはアイスブレイクから入れ」と指摘されたこともあります。
もしかすると日本と海外での文化の違い(本書でもその点を言及する箇所が一部ありました)や、役員層と現場レベルで違いがあるのかもしれません。
今後実践したいこと
本書には、SPIN営業術をどう実践すればよいかを明示してくれています。
それに則り、以下のような点に気を付けて上流工程の顧客打合せに臨みたいと思います。
- S→P→I→Nの順に1つずつマスターしていく
- 練習は「1度にひとつ」
- 問題をどう解決できるか、という観点から方式を分析する
- 質よりも量
意識するだけではなかなか変わらないでしょうから、まずは打合せ前にSPINを意識してどういう質問をしようか予め書き出してから打合せに参加する、ということから始めます。
まとめ
SPIN営業術という名前ですが、SEの自分としては「システム上流工程術」でした。
なかなかベストプラクティス化しにくい上流工程の進め方に対して、1つの『正解』を指し示してくれたのは非常にありがたいです。
同じく上流工程を担当されているSEの方は是非一度読んでみてください。